角換わり腰掛け銀同型

角換わり腰掛け銀同型とは


現在、いわゆる「角換わり腰掛け銀同型」と呼ばれているのは、1図の局面の事です。


(1図)
Kakugawari_Koshikakegin_2
(初手より▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成▲同銀△4二銀▲3八銀△7二銀▲9六歩△9四歩▲1六歩△1四歩▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲5八金△5二金▲6八玉△4一玉▲5六銀△5四銀▲7九玉△3一玉▲3六歩△4四歩▲3七桂△7四歩▲6六歩△7三桂▲2五歩△3三銀まで;1図)

この形は先後全く同型になっており、この呼び名が有ります。一応は、他にも角換わり腰掛け銀で同型になる局面は考えられるのですが、出現頻度やテーマとしての重要度などからでしょうか、角換わり腰掛け銀同型と言えば、普通はこの形の事を指します。

ここから▲8八玉△2二玉とした局面が、かの有名な木村定跡の局面で先手必勝となりますが、現実には▲8八玉に△6五歩と仕掛けられるため、現在では出現することは有りません。

1図からは、かつては升田定跡という仕掛けがありましたが、その後は90年代の修正版の仕掛け手順(羽生の頭脳に記載)と、21世紀になってから更に修正された仕掛け手順が有ります。

ココでは新しいものから、時代とは逆順に解説していきます。


富岡流▲4四角成


この進行は2011年現在の最先端になります。

(2図)
Kakugawari_Koshikakegin_5
(1図以下▲4五歩△同歩▲2四歩△同歩▲1五歩△同歩▲7五歩△同歩▲3五歩△4四銀▲2四飛△2三歩▲2九飛△6三金▲1二歩△同香▲3四歩まで;2図)

2図までの手順でポイントになるのは、歩の突き捨ての順番と、飛車の引き場所▲3四歩の取り込みです。

上の歩の突き捨ての順番は、最近良く指されている手順で、以前は1図から▲4五歩△同歩に▲3五歩△4四銀▲1五歩△同歩▲7五歩△同歩▲2四歩△同歩▲同飛2三歩▲2九飛△6三金▲1二歩△同香▲3四歩の順で歩を突き捨てるほうが一般的で、同じく2図の局面になっていました。

従来の▲4五歩△同歩▲3五歩の仕掛けには、△4四銀とする所で△6五歩と反撃の味を付ける変化があり、新しい手順はその変化を消しています。

ただし、新しい▲4五歩△同歩▲2四歩以下の手順も、▲3五歩に△4四銀とする所で、△3五同歩と取ったり、この瞬間△8六歩と突き捨てる変化も有ります。


また、▲2九飛の所では、一時期▲2六飛と引く、堀口弘流▲2六飛も有りましたが、渡辺先生の対策が有効とされています。


そして▲3四歩と3筋の歩を取り込む所では、以前は丸山流の△1一角の打ち込み、有力とされていましたが、これについては後述します。


(3図)
Kakugawari_Koshikakegin_6
(2図以下の手順△3八角▲3九飛△2七角成▲1一角△2八馬▲4四角成△3九馬▲2二歩△同金▲3三銀まで;3図)

後手は△3八角と打って馬を作り、先手の飛車をイジメに行きます。後手が馬を作ったタイミングで、先手も▲1一角と打ち込みます。

後手は▲1一角に対して△4三銀から受けに回る展開も有りますが、それに対しては▲2五桂と攻め駒をさらに増強します。(ちなみにこの△4三銀とする手順は1993年が初出だそうです(中村修vs村山聖戦;将棋世界2011年1月号「突き抜ける現代将棋」参照)


本譜の手順は後手が△2八馬と先手の飛車を攻めた時に、その飛車を捨てて△4四角成と銀を取りながら馬を作り攻め続けるのが、2008年に現れた富岡先生の新手で、▲2二歩以下手順の改良もあり、2011年現在最も有力とされている順です。


堀口弘流▲2六飛


この堀口弘流▲2六飛は富岡流の前に、有効と考えられていた形です。

(4図)
Kakugawari_Koshikakegin_8
(1図以下▲4五歩△同歩▲3五歩△4四銀▲1五歩△同歩▲7五歩△同歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2六飛まで;4図)

この▲2六飛は2003年に堀口弘治先生によって指された手でした。当時、丸山流▲1一角の変化に対して、佐藤康光先生が初めて羽生先生が改良された受けが有効となってきていました。そこで先手側の攻撃手段の一つとして模索されていたものです。

丸山流▲1一角に至る変化では▲2九飛と引く所で▲2六飛と高い位置に引きます。

4図以下、△6三金▲7四歩△同金▲3四歩△7六歩▲同銀△4九角▲6七金右△7五歩▲2二歩といった攻めが有力と考えられていました。

その後この形に対して、渡辺先生が対策を開発しました(2009年12月;松尾vs渡辺;順位戦B1)。4図以下△3五銀▲2八飛△3六銀▲2五桂△6三銀(5図)がそれです。

(5図)
Kakugawari_Koshikakegin_9
(4図以下△3五銀▲2八飛△3六銀▲2五桂△6三銀まで;5図)

この受けが出てから、角換わり腰掛け銀同型の主流は富岡流に移行しました。


丸山流△1一角


この形は、角換わり腰掛け銀同型で、先手が、7筋1筋の歩も突き捨て、2筋交換後に▲2九飛と引き、さらに▲1二歩と打ち捨てて△同香に▲1一角と打つ攻め方です。

(6図)
Kakugawari_Koshikakegin_7
(1図以下▲4五歩△同歩▲3五歩△4四銀▲1五歩△同歩▲7五歩△同歩▲2四歩△同歩▲同飛2三歩▲2九飛△6三金▲1二歩△同香▲1一角まで;6図)

島先生の新版角換わり腰掛け銀研究によると、1筋の突き合いの無い形で▲2九飛と引いたのが1990年の村山聖vs小林宏戦(棋聖戦)だそうです。さらに1筋を突き合った形で1筋も突き捨てて▲2九飛と引いたのが1991年の小林宏vs森下戦(竜王戦)だということです。

そして△6三金と桂頭を守った時に、▲1二歩△同香▲1一角(6図)と打ち込んだのが丸山先生の新手で、1992年丸山vs米長戦(王位戦)が初出です。

この後の手順も色々と試行錯誤が有るのですが、一旦は畠山成行vs島戦(1994年;勝ち抜き戦)の手順で先手有利と結論されていました。(7図)

(7図)
Kakugawari_Koshikakegin_10
(6図以下△2二角▲同角成△同玉▲3四歩△3八角▲2八飛△4九角成▲2五桂△3九馬▲2六飛△3五銀▲1三歩△同香▲1五香まで;7図)


この結論に挑戦したのが、佐藤康光先生です(2002年佐藤康光vs羽生戦;棋王戦)。▲1一角に対してすぐに△2二角と打たずに、一度△3五銀▲4五銀としてから△2二角と合わせます。先手は▲3三歩から更に攻めを続けようとしますが、△同金▲2二角成△同玉▲5四銀△同歩▲4五桂△2四金(8図)として、丸山流▲1一角の攻めは後手が受けきれると結論が変わりました。なお、最後の△2四金が羽生先生の示した修正手です。

(8図)
Kakugawari_Koshikakegin_11
(6図以下△3五銀▲4五銀△2二角▲3三歩△同金▲2二角成△同玉▲5四銀△同歩▲4五桂△2四金まで;8図)

この手順により、丸山流▲1一角は廃れ、堀口弘流▲2六飛などの新たな攻撃手段を求めて流行が移行しました。


7筋1筋を突き捨てずに単に2筋交換する形




  • 最終更新:2011-10-03 15:45:38

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